大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)120号 決定

抗告人 小野一郎(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙の通りである。

よつて案ずるに、本件記録添付の各戸籍謄本、登記簿謄本大阪家庭裁判所昭和三三年(家)第一三九八号親族間紛争調整事件記録添付の家事調停申立書、和解証書、調停前の仮の処分書並びに原審における抗告人の供述を綜合すると、相手方等は被後見人等の実母、実母の後夫、実母の実姉としてその親族であり、抗告人は昭和三三年一〇月三日大阪家庭裁判所において被後見人等の後見人に選任せられたこと、抗告人は被後見人等の養育費を毎月定期的に収得するためアパート経営を計画し、これが資金に充てるべく被後見人等の所有に係る大阪市港区△△町○○番地の二五の家屋を他に売却しようとしたが、被後見人等の実父亡小松喜之助の妾太田トクとの間に紛争が生じ、同女においてこれを妨害すべく右家屋を占拠したので、これを立退かせるため、抗告人は同年一一月頃同女に対し被後見人等の所有の同区○○町○丁目○○番地外一ヶ所の大阪市よりの借地権及び同地上の建物一切を贈与したこと、抗告人は右△△町の家屋を金一〇〇万円で他に売却し、その中七〇万円でアパート経営を始めたが、残金三〇万円については使途不明のものがあり、使途の分明するものにも後見人選任運動費と称する支出の必要のないものにまで費消していること、その後抗告人は昭和三三年七月一五日太田トクを相手方として大阪家庭裁判所に親族間の紛争調整の申立をし、前記和解の際に締結せられた条項の履行を求めたこと、同裁判所においては同年一一月一日調停前の仮の処分として調停手続終了に至るまで右○○町の土地建物の一切の処分を禁止し、現状の不変更を抗告人に命じたこと、ところが、抗告人は太田トクが右不動産を他に売却することをおそれ、右命令を無視し、昭和三四年一月三一日右不動産を山上浩二に売却したこと、右売買については抗告人はこれを不動産取引業者に一任し、自らは買主について辛うじてその氏を記憶するに止り、面識もなく、その住所も全く知らず、売買代金も未だに全額を確実に入手していないことが認められる。

以上の認定事実によれば、抗告人は被後見人等の財産の管理につき善良な管理者の注意を以てこれに当つているものとは到底いえない。殊に太田トクに対する贈与にしても、抗告人主張の如く専ら同女を右家屋から立退かせる手段としてなされ、真実に出でたものでないとしても、単に同家屋から立退かせるためであるならば他にその手段はありうる筈であり、特に本件においては同女において抗告人の右意思表示が真意に出でざることを知り又はこれを知りうべかりし状況にあつたことはこれを認めるに足る疏明もないのであるから右行為は無効とはいえないのであつて、かかる行為はその注意義務に欠けるところが大なるものがあるといわねばならない。加之、苟くも後見人に対し一般的監督権を有し、後見事務の監督上必要な一切の措置をなしうる大阪家庭裁判所の命令を無視するが如きは、自ら家庭裁判所の監督に服さないことを表明したものであり、後見人たる適格を自ら否定するにほかならない。その動機が前記認定の如くであり、又たとえ太田トクにおいて不動産の一部を他に売却したとしても、これに対しては別個の救済を求めるべきであつて、右認定を左右するものではない。

後見人がその職務を民法の定める通りにしなかつたからといつて、それだけで解任の理由となりえないことは勿論であるが、抗告人には前記認定の如く一連の善管義務違反がある上、家庭裁判所の命令を無視する行動に出ているのであつて、これ等諸般の事情を綜合考察すると、抗告人には民法第八四五条所定の後見の任務に適しない事由があるものといわねばならない。

その他本件記録に徴するも原審判には違法を認めない。

よつて、原審判は相当で本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、家事審判法第七条非訟事件手続法第二五条民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条により主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 吉村正道 裁判官 竹内貞次 裁判官 大野千里)

別紙 申立の理由

一、抗告人は、昭和三十二年十月三日大阪家庭裁判所において小松一郎、同千代子、同圭子(いづれも未成年者)の後見人に選任せられたものであるが、伊藤ヒサ外二名の申立により同裁判所より昭和三十四年四月二日後見人解任の審判を受け、同月四日その告知を受けた。

二、原審判が抗告人の後見人を解任すべきものとした理は

(1) 「抗告人は後見人就任後現在に至る迄の金銭出納の具体的計算関係に対し、明確な答弁をなし得ない」

とするのであるが、抗告人は原審において右計算関係の説明を求められその答弁をなし居る途中で、後記の事情発生し突如審判がなされたため答弁を果す機会を失つたが為であつて、抗告人が明確な答弁をなし得なかつたとするのは当らない。

(2) 「抗告人が被後見人の財産を太田トクに贈与する旨の所謂和解契約を締結したのは、財産管理の責を十分に尽さないものである」

とするのであるが、之は抗告人が後見人就任後被後見人等の養育費を毎月定期に収得するためアパート経営を計画し、之が買入資金に充てるべく被後見人の財産たる港区△△町所在の家を売却しようとした処、太田トクが之を妨害すべく不法占拠したので同人の強引な横車に対抗し同人を立退かせる窮余の策として右契約をなすの余儀なきに至つたもので、贈与契約は真意に因るものではなかつた。従つて抗告人は右契約を取消すべく昭和三十三年七月十五日大阪家庭裁判所に太田トクを相手方として、親族間の紛争調整の申立(昭和三三年(家)(イ)第一、三九七号)をなす等財産保全の方法を講じている。加之太田トクを、右和解契約に因つて立退かせた△△町の家と買替えた建物でアパートを経営し、その賃料毎月金一万五千円を以つて被後見人の養育に当り後見人としての任務を果しているものである。

従つて右和解契約をした一事を以つて抗告人は後見人として財産管理能力が著しく劣弱でその責を全うしうるか否かにつき多大の不安がありとするのも当らない。

(3) 「右和解調書の対象となつた被後見人の財産は、前記親族間の紛争調整申立事件の紛争物件であるため、大阪家庭裁判所が昭和三十三年十一月一日調停前の仮の処分として処分禁止を命じたものであるのに昭和三十四年一月三十一日抗告人がその一部を山上浩二に売却したのは、事態を徒らに複雑困難ならしめ且つ裁判所の監督に服さない旨の意思を表示したものである」

とするのであるが、抗告人が右の挙に出た所以のものは是より先、太田トクが右財産の一部を私かに擅に売却していることを発見し猶予すれば横車を押す太田のため残余の財産も処分せられるであろうことを憂慮し、被後見人の財産を防衛するため予て知合の不動産取引業者に一任して之を金百十万円にて売却したもので、酌量すべき事情ありと謂うべく、裁判所の命令に背いたのも仮処分命令の不知に基因し命令を無視或いは不服従と解すのは酷である。

抗告人は右売得金は被後見人等が、成長し進学するにつれ月収を増すためアパートの買増資金に充てんと考慮していたもので、之等の事情を参酌判断すれば抗告人が後見人として財産管理能力に欠けているとするのも当らない。

と謂わねばならぬものと信ずる。

三、凡そ後見人の制度は、未成年の被後見人の幸福と利益を保護するため設けられたものであるから、被後見人を監護教育しその財産を管理すべき後見人を選ぶに当つては両者の関係、立場、地位、職業、生活状態その他諸般の事情を十二分に調査し慎重を期さねばならぬものであるところ、原審は一旦選任した後見人である抗告人を解任するに当り審理を尽さず而も前記の如くいづれも当らない財産管理能力劣弱なりとの一事を以て突如而も軽々に審判を下したものであるから、抗告人は到底之に承服することはできない。

依つて右審判を取消し、伊藤ヒサ等の後見人解任の申立の却下を求めるため本抗告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例